韓国の合計特殊出生率(TFR)は、2015年の1.24から2025年には0.80へと激減しました。予測では2044年までに年齢の中央値が56.0歳へと急激に上昇し、いびつな「コブラ型」の人口ピラミッドが形成される見通しとなっています。
一方で、19〜34歳の若年層の平均年収は2023年に約288万円相当へと大幅に上昇しました。さらに、OECDの学習到達度調査(PISA 2022)においても数学的リテラシーで世界トップクラスのスコアを維持しています。
国家としての学力レベルや若年層の初期所得は高く保たれているにもかかわらず、婚姻件数は約10年で30.2万組から22.2万組へと激減しました。これは、グローバルなデジタル経済で生き残るための「スペック向上」に国家資源と個人のリソースを全振りした結果、社会の再生産機能が完全に停止した状態と言えます。
2. 中国:日本の轍をハイスピードで追う巨大帝国
中国は、まさに日本が歩んだ「経済成長からの人口減少」という末路を、より強烈なスピードで辿っています。
2015年に1,225万組であった婚姻件数は、約10年間でほぼ半減し、2024年には610万組へと落ち込みました。合計特殊出生率も1.67から0.97へと、ついに1.0の壁を割り込んでいます。
しかしその裏で、若者の所得水準は急速に上昇しています。2024年の大卒新卒者の平均月収は2015年から約53%も上昇しました。情報セキュリティなどのハイテク分野が所得を牽引し、国を挙げてAIやロボティクスへの投資を急加速させています。
ところが、その豊かさを手に入れる過程で、20〜39歳の「婚姻コア層」の人口が約6400万人も消滅しました。急激な所得上昇がそのまま婚姻や出生に結びつかず、むしろ急降下を引き起こしているという点で、中国の動向は見事なまでの「反比例」を描き出しています。
3. タイ:「豊かになる前に老いる」罠と家族崩壊
東アジアの過当競争とは異なる文脈で、「タイに何があったのか」と驚かされるのが東南アジアのデータです。タイのTFRは2015年の1.45から0.87へと、一気に先進国並みの超低水準に急落しました。
若年層の平均年収は頭打ちとなっており、高所得国に到達する前に人口減少を迎える「豊かになる前に老いる(中所得国の罠)」状態に完全に嵌まっています。さらに致命的なのは、PISAスコアが急落し、次世代の教育システムの劣化が露呈している点です。
現在のタイでは結婚した夫婦の約3組に1組が離婚に至り、シングルマザーが急増しています。経済的に自立しつつある女性たちが、負担ばかりが大きい伝統的な結婚制度そのものを見限り始めている証左であり、所得停滞・教育劣化・出生率低下が同時進行する極めて深刻な状態に陥っています。
4.日本:「失われた30年」の延長線と静かなる衰退
そして日本は、他国ほどの派手な「反比例」を描いていない分、問題が完全に慢性化・構造化しており、「増やす政治」への転換が最も困難な状態に陥っています。
日本の動向を見ると、若年層の平均年収と学力スコアがほぼ横ばい、あるいは微増に留まる中で、合計特殊出生率と婚姻件数だけが着実に下落を続けています。これは韓国や中国のような「過酷な超競争社会・資産インフレの極限」としての少子化を通り越した後の姿です。
すなわち、「失われた30年」による所得の停滞と国民負担率の上昇により、結婚市場への参加すら諦める層が固定化し、社会全体が茹でガエルのように緩やかに衰退していくフェーズに入っていることを示しています。
【「有能さ」を強いられる若者たちの生存戦略(ミクロ視点)】
マクロな国家戦略が破綻へと向かう中、ミクロ(個人のライフコース)の視点に立つと、若者たちの行動は単なる「ワガママ」や「道徳の低下」などではないことが分かります。彼らは、過酷な社会で生き残るための「極めて合理的な防衛策」を取っているに過ぎません。
第一に、ハイパー・メリトクラシー(超能力主義)がもたらす「成人期の遅延」です。 アジアの若者たちは、PISAスコアに表れるような高度な基礎学力を身につけるため、10代のすべてを教育競争に費やします。高い大学進学率を誇る一方で、単なる「大卒」ではもはや労働市場での優位性を担保できなくなりました。より良い企業に入るため、修士号の取得や長期インターンに20代の貴重な時間を投資せざるを得ず、経済的な自立を果たす年齢が大幅に後ろ倒しになっています。膨大な教育投資の回収に追われる若者にとって、結婚や出産は「物理的に手が回らない」ものとなっています。
第二に、所得上昇を無に帰す「資産インフレ」と結婚の特権化です。 若年層の所得自体は上がっていても、ソウルや北京、東京などの都市部では、不動産や生活コストがそれを遥かに凌駕するスピードで高騰しています。得られた給与だけで新居を構え、子どもを育てることは事実上不可能です。親からの莫大な資産移転など、強固な経済的基盤がなければスタートラインにすら立てないのが現実です。今や結婚は「誰もが通過する当たり前のライフイベント」から、一部のエリートや資産家のみがアクセスできる「階層化された特権(贅沢品)」へと変質してしまいました。
そして第三に、女性の「合理的撤退」と母性ペナルティの存在です。 苦労して高度な学力とキャリアを手にした女性にとって、依然として家父長制的な役割分業が残る社会での結婚・出産は、自らの生涯賃金と自由を破壊する「ペナルティ」でしかありません。「不平等な負担を背負わされるくらいなら、最初から一人で生きていく」という選択は、グローバル社会の競争圧力を生き抜くための、最も理にかなった生存戦略なのです。
ここで「なぜ同じグローバル資本主義の競争下にある欧米(フランスや北欧など)では、アジアほど急激に再生産の谷に落ちていないのか?」という疑問が生じるかもしれません。 その答えは、個人主義が定着している欧米とは異なる、アジア特有の「儒教的な家族観」や「体面文化」にあります。周囲からのプレッシャーや「親として恥ずかしくない水準の教育・生活を子どもに与えなければならない」という強迫観念が、結婚や育児の「見えない競争コスト」を欧米以上に極限まで跳ね上げているのです。
【結論:「増やす政治」から「小さく畳んでいく政治」へのパラダイムシフト】
これらのデータと分析が冷酷に示しているのは、「若者の意識を変えれば」「あと少し補助金を出せば」少子化は解決するという、表面的なプロナタリズムの完全な敗北です。
もし本当に出生率を回復させたいのであれば、グローバル戦略における生存競争を諦め、鎖国状態に近い形で特定の外交チャンネルのみを持ち、社会全体を強く保守化・ローカル化させるしかありません。競争のプレッシャー(有能さの強要)を取り除かなければ、次世代への投資にリソースを回す心理的・経済的余裕など生まれないからです。
しかし現実問題として、グローバルなサプライチェーンに完全に組み込まれている日本や韓国などが「鎖国」を選択することは、国家経済の即死を意味します。そのようなドラスティックな後退は事実上不可能です。
そうであるならば、我々が直面する未来は「緩やかに滅亡していくしかない」という冷酷な現実の受容から始まります。
これからの政治や社会が直視すべきは、巨額の予算を投じて「産めよ増やせよ」と叫ぶことではありません。人口減少と社会の縮小を不可避の前提とした上で、いかにインフラを再編し、AIやロボティクスで労働力を補完し、社会システムを軟着陸させるか。
すなわち、国家規模での「どう小さく畳んでいくのか(計画的縮小)」というパラダイムシフトこそが、我々に残された唯一の道です。具体的には、もはやインフラ維持が物理的・財政的に不可能な地方自治体の痛みを伴う「統廃合と居住エリアの集約(コンパクトシティ化)」や、高齢者へ偏重している社会保障費の「劇的なカットと現役世代への再配分」といった、政治的タブーに踏み込む覚悟が必要なフェーズに突入しています。
もはや「今のまま維持する」という幻想を捨て、いかに美しく、被害を最小限に抑えて社会を縮小させるかが問われているのです。
【国際機関・グローバル統計】 ・OECD(経済協力開発機構):15歳を対象とした学習到達度調査(PISA 2022)、および若年層の労働・賃金格差に関する統計データ ・WEF(世界経済フォーラム):中国のAI・ロボティクス投資動向などを参照した「グローバルリスク報告書2026」 ・UNESCO(国連教育科学文化機関):アジア各国の高等教育進学率(Gross Enrollment Ratio) ・世界銀行(World Bank):東アジア・太平洋地域のマクロ経済・人口動態データ
【各国別の主要な公的機関・調査データ】
「日本」 ・厚生労働省:婚姻件数と出生数の推移を示す「人口動態統計」、および若年層の年収推移を示す「賃金構造基本統計調査」
「韓国」 ・韓国国家統計局(KOSIS):総人口の将来予測、人口ピラミッドの動態変化、および婚姻率データ ・国務調整室:19〜34歳を対象とした「若年層生活調査」(若年層の平均年収、平均負債額、結婚や資産に対する価値観のアンケート結果など)
「中国」 ・中国国家統計局(NBS):年間出生数、婚姻登録数の推移、および民間・非民間セクターの平均年収データ ・MyCOS Research(民間調査機関):2024年の大学新卒者の平均月収や、ハイテク分野(情報セキュリティ等)の高収入化に関する調査レポート
「タイ」 ・タイ国家統計局(NSO):「労働力調査」などに基づく、15〜29歳の若年層における平均月収データ ・マヒドン大学および公的記録:人口動態の変化を記した「Thai Health Report 2025」、タイ国内における離婚率の高さ(3組に1組)やシングルマザーの急増を示す統計
「台湾」 (記事冒頭のアジア全体平均の算出などで参照) ・台湾行政院主計総処(DGBAS):「家庭収支調査」に基づく若年層の平均年収推移 ・台湾内政部:台湾国内の婚姻率推移 ・国家発展委員会(NDC):台湾の人口推計(2020-2070年)データ