1. 適法な活動:限定的な「使者」の役割
民間企業(弁護士・労働組合ではない事業者)が運営する退職代行サービスが、適法に行える業務範囲は、法的には「使者」の役割に厳格に限定されます。
- 「使者」とは: 本人がすでに決定した(完成させた)意思表示を、そのまま相手方に伝達する役割です。
- 具体例:
- 「労働者本人が『〇月〇日付で退職します』と確定させた意思を、そのまま電話で会社に伝える」
- 「本人が作成した退職届を、代わりに会社に提出する」
ここには、事業者自身の判断や利害調整は一切介在しません。このような単純な伝達行為は「法律事務」には該当せず、適法と解釈されています。
2. 違法な活動「交渉」の領域
民間事業者がこの「使者」の役割を超え、会社との間で何らかの利害調整、すなわち「交渉」を行った瞬間に、その行為は非弁行為(違法)となります。
- 「交渉」の具体例:
- 退職日の調整:会社側が「人手不足で今辞められると困る」と難色を示した際に、事業者が説得や調整を試みる行為。
- 有給休暇の取得交渉:本人の希望通りに有給休暇を消化できるよう、会社側と調整する行為。
- 未払い賃金や残業代の請求:未払いの給与や残業代の支払いを求める行為。
- ハラスメント等の損害賠償請求:在職中のパワハラなどに対する慰謝料を請求する行為。
これらはすべて、法的な権利義務に関する争いや対立を解決・調整する行為であり、弁護士資格のない民間企業が行えば明確な非弁行為に該当します。
では、誰が「交渉」できるのか?
退職に関する「交渉」を適法に行えるのは、以下の2つの主体に限られます。
- 弁護士 弁護士法に基づき、依頼者の代理人として、退職条件の交渉から未払い賃金の請求、損害賠償請求、さらには訴訟に至るまで、あらゆる法律事務を制約なく行うことができます。
- 労働組合 日本国憲法第28条および労働組合法に基づく「団体交渉権」を根拠とします。利用者がその労働組合に(一時的に)加入し「組合員」となることで、組合が組合員のために、退職日や未払い賃金、有給消化といった労働条件について会社と合法的に「団体交渉」を行うことができます。
「モームリ」モデルの法的脆弱性
今回の家宅捜索は、民間企業である「モームリ」が、この「交渉」の領域にどう関わっていたのかが焦点となっています。
1. 「弁護士監修」という表示の落とし穴
モームリは「弁護士監修」を掲げ、サービスの信頼性をアピールしていました。しかし、法的な分析によれば、この「監修」という表示は、事業者に何らかの交渉権限を付与するものではありません。
たとえ弁護士が背後で助言していたとしても、実際に会社とやり取りするモームリのスタッフが交渉を行えば、そのスタッフ(=民間企業の従業員)が非弁行為を行ったことになります。 これは利用者に法的な安全性を誤認させかねない、マーケティング上の表現に過ぎないという指摘があります。
2. 「労働組合提携」から「非弁提携」への疑い
モームリは当初、「労働組合との提携」も謳っていました。これは、交渉が必要な場合は提携先の労働組合が対応するというスキーム(分業体制)を示唆するものです。
しかし、捜査当局が着目したのは、まさにこの「分業」の部分でした。
報道によれば、モームリ(民間企業)が依頼者から代金を受け取り、交渉が必要な案件(法律事件)を特定の弁護士に「あっせん」し、その見返りに紹介料を得ていた「非弁提携」の疑いが持たれています。
弁護士法は、弁護士でない者が報酬目的で法律事件をあっせん(周旋)すること自体も、非弁行為として固く禁じています。
ある労働組合が2025年6月に公表した見解(※提供資料)でも、「モームリに頼んだら給与未払いで弁護士を斡旋された」という相談が寄せられている実態が指摘されており、今回の家宅捜索はこの疑惑を裏付ける動きと言えます。
(なお、同見解によれば、家宅捜索前の2025年6月時点で、モームリのHPからは「労働環境改善組合との提携」の文字が削除されていたとされ、その時点で交渉権の根拠は失われていた可能性も指摘されています。)
「判例があるから非弁行為ではない」という主張の落とし穴
今回の事件を理解する上で、一部の民間事業者が適法性の根拠としてきた「判例」について深掘りする必要があります。
報道によれば、「モームリ」の内部マニュアルには「弊社は判例が出ているので非弁行為には該当しない」といった趣旨のトークスクリプトがあったとされています。しかし、この主張は、判例の示す範囲を誤って解釈、あるいは意図的に拡大解釈している可能性が極めて高いです。
確かに、過去の裁判例において、退職の意思を「使者」として伝達する行為(=通知)そのものが非弁行為にあたらない、と判断されたケースは存在します。しかし、それはあくまで「本人が固めた意思をそのまま伝える」という極めて限定的な行為を指すに過ぎません。
重要なのは、「退職代行サービスそのもの(交渉を含む一切の業務)が合法である」と認めた判例は存在しないという点です。
現実の退職代行業務では、単なる「通知」で終わらないケースが頻発します。例えば、
- モームリが依頼者の希望退職日を会社に「通知」する。
- 会社側が「その日は認められない」と拒否する。
- それに対し、モームリ側が「では、明日から有給休暇をすべて消化したいと本人が言っている」と伝える。
この(3)の行為は、果たして単なる「通知」でしょうか? 会社側からすれば、これは労働者の法的権利(年次有給休暇の取得)を盾にした、実質的な「交渉」または「法的な主張の代理」に他なりません。
このように、会社側が少しでも反論や条件提示をしてきた場合、それに応答・調整しようとした瞬間に、「使者」の役割を超えた非弁行為に該当するリスクが常につきまといます。「判例があるから大丈夫」という説明は、この最も重要な法的リスクを隠蔽するロジックであり、今回の家宅捜索は、その曖昧な主張がもはや通用しない可能性を強く示しています。
利用者が知るべきこと
今回の「モームリ」への家宅捜索は、退職代行業界が抱える構造的な法的リスクを浮き彫りにしました。
利用者(労働者)がこの事件から学ぶべき教訓は明確です。
- 交渉が一切不要な場合: 「会社に退職の意思を伝えるだけで、確実に受理される」という状況であれば、民間企業の「使者」としてのサービスでも問題ないかもしれません。
- 交渉が必要・または予想される場合: 退職日の調整、有給消化、未払い賃金、ハラスメントなど、会社側と何らかの「交渉」が発生する可能性が少しでもある場合は、最初から弁護士または労働組合が「直接運営」する退職代行サービスを選択すべきです。
「弁護士提携」や「弁護士紹介」を謳う民間企業のサービスは、それ自体が「非弁提携」のリスクをはらんでおり、違法な事業者に依頼した結果、かえってトラブルに巻き込まれる危険性があることを、今回の事件は強く示唆しています。
なおこの記事サイトも法律事務に該当する可能性は十分にあります。
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