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外食産業における「二つの正解」:サイゼリヤとゼンショーホールディングスの戦略的対立

2020年代半ば、日本の外食産業はかつてない苦境に立たされています。地政学的リスクや気候変動による原材料・エネルギー価格の高騰、生産年齢人口の減少による深刻な人手不足、そして中間層の縮小に伴う消費の二極化という「トリレンマ(三重苦)」が業界を覆っているからです 1。かつてのデフレ経済下で通用した「安かろう悪かろう」はもはや許容されず、消費者は極限の価格訴求か、あるいは明確な付加価値のどちらかを厳しく選別するようになりました 2

この過酷な環境下において、業界を牽引する二つの巨大企業が、全く正反対とも言える生存戦略を提示しています。一つはイタリアンレストランチェーンの「サイゼリヤ」、もう一つは牛丼チェーン「すき家」などを展開する「ゼンショーホールディングス」です 3。本稿では、提供された資料に基づき、この両社の戦略を単なる競争ではなく、産業構造レベルでの「思想の対立」として紐解いていきます 4

サイゼリヤ:極限の製造直販と「職人的合理性」

サイゼリヤの本質を理解するには、既存の「ファミリーレストラン」という枠組みを捨て、店舗を最終出荷拠点とする「垂直統合型製造小売業(SPA)」として捉える必要があります 5。創業者の正垣泰彦氏が掲げた理念は、徹底した工業的アプローチによって支えられています 6

種から店舗までを支配する垂直統合

サイゼリヤの戦略の根幹は、サプライチェーンの川上への遡及にあります。一般的なチェーンが卸売業者から食材を調達するのに対し、サイゼリヤは自らが生産者となり、品質とコストを完全にコントロール下に置いています 7

nakayama hirotomo

夢破れたコンサル兼エンジニア。スタートアップ向けの記事からテック、エンタメ、不動産、建設、幅広く対応。

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その徹底ぶりは「種」の開発にまで及びます。サイゼリヤのサラダに使われるレタスは、店舗での加工効率と食感を最大化するため、球の大きさや葉の厚みが均一になるよう品種改良されています 8。これは「農業の工業化」とも呼ぶべき取り組みであり、市場価格の変動に左右されず、常に一定の原価で調達できる体制こそが、同社の圧倒的な価格競争力の源泉となっています 9

また、この製造直販モデルを象徴するのが、オーストラリアに保有する約40万坪の自社工場です 10。ここでは、現地の高品質かつ安価な生乳を使用してホワイトソースを製造したり、牛肉の部位選定から加工までを一貫して行うことで、日本国内では不可能なコスト構造を実現しています 11。この工場は、日本だけでなくアジア展開における供給拠点としても機能しており、世界同一品質・同一価格帯での提供を支える心臓部となっています 12

包丁のないキッチンと「引き算」の経営

店舗オペレーションにおいては、徹底的な合理化が図られています。「サイゼリヤの厨房には包丁がない」というのは有名な事実ですが、これは切断や下処理といった技術と時間を要する工程が店舗から排除されていることを意味します 13。野菜はカット済み、肉料理は加熱・盛り付けのみの状態で納品されるため、厨房スペースを従来の半分程度に圧縮し、その分を客席に充てる「キッチン半分戦略」が可能となります 14。これにより、高度な調理技術を持たない新人でも即戦力化でき、人手不足への強力な対抗策となっています 15

さらに特筆すべきは、メニュー数の絞り込みです。多くの競合がメニューを増やす中で、サイゼリヤは品目数を厳選しています 16。これにより一つの食材の回転率が高まり、常に鮮度の良い状態で提供できるだけでなく、廃棄ロスも減少します 17。工場のライン切り替え回数も減るため、量産効果が最大化されるのです 18

このサイゼリヤの戦略は、スーパーマーケット業界において製造小売業を標榜する「バローホールディングス」と極めて高い類似性を持っています 19。両社とも、中間流通を排除し、製造段階での利益を内部に取り込むことで、他社が追随できない価格設定を実現しているのです 20

ゼンショーホールディングス:MMDシステムと連邦経営

一方、売上高において業界の頂点に立つゼンショーホールディングスの戦略は、サイゼリヤの「垂直的深掘り」とは対照的な「水平的拡大」と「システムによる統合」にあります 21

「食の商社」としてのMMDシステム

ゼンショーの成長エンジンは、「MMD(マス・マーチャンダイジング)システム」と呼ばれる独自のプラットフォームです。これは調達、製造、物流、販売を一元管理する仕組みであり、グループ全体の食材需要を束ねて世界中から最適価格で調達を行う、いわば「商社機能」を果たしています 22222222

例えば、牛丼の「すき家」のために構築された北米産牛肉の調達ルートは、ファミリーレストランの「ココス」やステーキハウスの「ビッグボーイ」でも活用されます。同様に、回転寿司の「はま寿司」の水産物調達ルートは、他業態の海鮮メニューに転用されます 23。このように、業態の壁を越えて食材を共通利用することで、圧倒的なバイイングパワーを発揮しているのです 24

物流の共通化とM&Aによる面制圧

MMDの真価は物流の最適化にも表れています。ゼンショーは、冷凍・冷蔵・常温など複数の温度帯で管理された食材を、グループ内の異なる業態の店舗へ一括配送するネットワークを構築しています 25。同一エリア内に「すき家」や「はま寿司」が混在していても、配送トラックを共有化できるため、単一業態の競合他社に比べて物流コスト比率で圧倒的な優位性を持ちます 26

また、ゼンショーはM&Aを駆使してあらゆる食のカテゴリーを網羅する「ポートフォリオ戦略」を採用しています 27。これはリスク分散の観点から極めて有効です。かつてのBSE問題のような危機が発生しても、多様な業態を持つことで販促を鶏肉や魚へシフトするなど柔軟な対応が可能だからです 28

さらに、経営不振のチェーンを買収し、その調達・物流機能を即座にMMDシステムに切り替えることで、原価率と物流費を劇的に改善させるという「勝利の方程式」も確立しています 29。このアプローチは、流通小売業界においてITとデータを駆使して流通を変革する「トライアルカンパニー」のプラットフォーム戦略と重なる部分が多く見られます 30

財務構造と収益メカニズムの対比

両社の戦略の違いは、財務データにも色濃く反映されています。

サイゼリヤの自己資本比率は65.6%と極めて高く、無借金経営志向です 313131。これは、自社工場や農場といった固定資産への投資回収に長期間を要するため、短期的な金融市場の変動に左右されない盤石な基盤が必要だからです 32。利益の方程式は「低価格×圧倒的客数」であり、工場稼働率を上げることが至上命題であるため、客数を減らす可能性のある値上げには極めて慎重です 33

対照的に、ゼンショーの自己資本比率は30.3%であり、積極的なレバレッジ活用が特徴です 343434。M&Aによる急激な成長を支えるため、借入金を活用して時間を買うという投資銀行的なダイナミズムを持っています 35。利益の方程式は「各ブランドの売上の総和-共通調達・物流コスト」であり、規模が大きくなるほど調達コストが下がる「規模の経済」を追求しています 36

結論:収斂なき二つの頂

物流の「2024年問題」やインフレに対しても、両社のアプローチは異なります。サイゼリヤはメニューの絞り込みと調理工程の削減で配送頻度を減らし、ゼンショーは異業種の共同配送で積載効率を高めることで対抗しようとしています 37

サイゼリヤは、食品の生産から提供までのプロセスを極限まで科学し、無駄を削ぎ落とす「製造業としての純化」を目指しています。その姿は、カイゼンを通じて生産方式を極めたトヨタ自動車のような求道者を思わせます 38。

一方、ゼンショーは、食のあらゆるカテゴリーをシステムで飲み込み、巨大な経済圏を築く「流通インフラとしての覇権」を目指しています。その姿は、資源から小売りまでを統合する総合商社のような帝王の風格があります 39。

「一品入魂の深掘り」による品質とコストの追求か、それとも「ポートフォリオによる面制圧」によるリスク分散と成長の追求か 40。この二つの戦略に優劣はありません。しかし、人口減少とグローバル化が進む日本において、生き残るためには「中途半端」が許されないことだけは確かです。サイゼリヤの「職人的合理性」とゼンショーの「商社的合理性」。この二つの極致こそが、これからの企業経営における重要な羅針盤となるでしょう 41

AI解説

この記事のポイントを要約

  • 日本の外食産業が直面する三重苦に対し、サイゼリヤとゼンショーHDは「垂直統合」と「水平拡大」という対照的な生存戦略を提示している 。
  • サイゼリヤは種子開発から店舗作業の簡素化まで自社で完結させる「製造直販(SPA)」を極め、製造業的な合理性で低価格と品質を維持している 。
  • ゼンショーは「MMDシステム」による物流・調達の共通化とM&Aによる多業態展開で「連邦経営」を行い、商社的な合理性で規模と成長を追求している 。
  • 「製造の純化」を目指すサイゼリヤと「流通の覇権」を目指すゼンショーの対立は、縮小する日本市場における二つの究極の合理的な解である 。

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