ビジネス

馬主ビジネスに切り込む。なぜ彼らは1億円の馬を買い、赤字のリスクを負うのか?その先の夢とは?

「馬主」と聞くと、私たちはどのような姿を想像するでしょうか。競馬場のVIPルームで勝利に歓喜する姿、あるいは著名な経営者や芸能人が高額な馬を競り落とすニュースかもしれません。サイバーエージェントの藤田晋氏が数十億円を投じ([144], [182])、歌手の北島三郎氏が「キタサンブラック」という名馬との絆を語る([187], [188])姿は、まさにその象徴です。

しかし、その華やかな世界の裏側で、馬主業はビジネスとして成立しているのでしょうか?本記事では、JRAや各種メディアが公表しているデータを紐解きながら、馬主ビジネスの厳しいコスト構造、賞金だけでは黒字化が困難な「パラドックス」、そして、その先にある真の収益源について解説します。

※この記事は読みやすいように端的にまとめています。時間がある方は下記から詳細のレポート記事へどうぞ。

1. 夢の代償:1億円を超える「馬のライフサイクルコスト」

馬主になるための最初の、そして最大のハードルは「コスト」です。このコストは、馬を購入する「初期投資」と、所有し続けるための「運営維持費」に大別されます。

高騰する初期投資:セレクトセールという舞台

才能ある競走馬の多くは、日本最大の市場「セレクトセール」で取引されます([140], [143])。近年、この市場は活況を呈しており、2024年のセールでは2日間で約289億円という記録的な売上を達成しました([141], [142])。1歳馬の平均価格が6,000万円を超える中、トップクラスの良血馬ともなれば、1頭で4億、5億といった価格で取引されます([141], [145])。

所有するだけで発生する運営維持費

馬を購入した後も、コストは継続的に発生します。JRAのトレーニング・センターに馬を預ける「預託料」は、最も大きな割合を占め、1頭あたり月額約70万円、年間で840万円にも上ります([147])。

これに加えて、獣医療費、装蹄費、輸送費、そして万が一の怪我や病気に備える「競走馬保険」([153], [154])の費用がかかります。

ごく単純な試算でも、7,000万円の馬を4年間(2歳から5歳)所有した場合、購入費と維持費を合わせた総コストは1億1,800万円を超える可能性があります。この莫大な投資を、レースの賞金だけで回収することは可能なのでしょうか。

2. 賞金のパラドックス:なぜ賞金王でも黒字化が難しいのですか?

日本の競馬は、世界でも最高水準の賞金が設定されています。例えば、有馬記念やジャパンカップの1着賞金は5億円にも達します([155])。一見すると、G1レースを一つ勝てば、前述のコストを簡単に回収できるように思えます。

しかし、ここには「賞金のパラドックス」が存在します。

パラドックス1:馬主の手取りは80%

レースの賞金は、全額が馬主のものになるわけではありません。JRAの制度により、賞金のうち20%は、馬を管理・騎乗した関係者への「進上金」として自動的に配分されます([135])。内訳は主に、調教師が10%、騎手と厩務員がそれぞれ5%です([162])。つまり、5億円の賞金を獲得しても、馬主の純粋な取り分は約4億円となります([134], [159])。

パラドックス2:黒字化の確率はわずか13%

そもそも、1勝を挙げ、賞金を獲得すること自体が非常に困難な競争です。JRAのデータや各種分析によれば、競走馬1頭がその生涯(購入費と維持費)で黒字となる確率は、わずか12.8%から13%程度とされています([137], [163])。これは、馬主が所有する馬10頭のうち、約9頭は赤字になることを意味します。

JRAの賞金体系は、個々の馬主の収益性を保証するためではなく、競争力の低い馬でもレースに出走するインセンティブを与え、競馬という興行全体を維持するために設計された、巧みな経済システムなのです([156], [157], [158])。

3. 真の黒字化:「競走」から「繁殖」へ

では、なぜ多くの馬主は、この統計的に不利なビジネスに多額の投資を続けるのでしょうか。その答えは、馬主ビジネスが「競走資産」と「繁殖資産」という二つの側面を持っている点にあります。

レースでの賞金獲得は、このビジネスの「表面」に過ぎません。真の、そして桁違いの利益を生み出す可能性があるのが、「繁殖」の世界です。

「ユニコーン」としての種牡馬ビジネス

競走馬として圧倒的な成績を残した牡馬は、引退後に「種牡馬」となり、第二のキャリアをスタートさせます。この種牡馬ビジネスこそが、馬主業における「ホームラン」です。

  • ディープインパクト: 日本競馬の至宝とされた彼の種付け料は、一時期4,000万円に達しました([168], [169])。年間150頭に種付けすれば、年間売上は60億円にもなります。
  • イクイノックス: 記憶に新しい世界最強馬は、引退後、新種牡馬として史上最高額の2,000万円の種付け料が設定され、その価値が示されました([139])。

この収益モデルを最も劇的に体現したのが、北島三郎氏のキタサンブラックです。わずか350万円で購入されたこの馬は、競走で約18.7億円という莫大な賞金を稼ぎ出しただけでなく、引退後には総額13億5,000万円の種牡馬シンジケートが組まれました([170], [171])。

長期的な資産としての繁殖牝馬

同様に、優れた成績を残した牝馬は「繁殖牝馬」となります。アーモンドアイ([175], [176])やジェンティルドンナ([178], [179])のような歴史的名牝は、その産駒に高い期待が寄せられ、長期にわたって価値を生み出す「優良資産」となるのです。

つまり、多くのトップ馬主にとって、レースで走らせることは「目的」であると同時に、将来の種牡馬・繁殖牝馬としての価値を高めるための「手段」でもあります。競走における赤字は、この巨大なリターンを得るための「研究開発費(R&D)」や「マーケティング費用」として捉えられているのです。

4. 馬主業は「投資」か「趣味」か?

馬主業を金融商品に例えると、その性質は非常に特殊です。

株式のように流動性は高くなく(簡単に売買できない)、ベンチャーキャピタル投資のように、ほとんどが失敗(赤字)に終わる一方で、ごく一部の「ユニコーン」(成功した種牡馬)が全ての損失を補って余りある利益をもたらす、「ハイリスク・ハイリターン」なモデルです([192])。

しかし、多くの馬主を惹きつけるのは、金銭的なリターンだけではありません。

数字以外の価値:「サイキックインカム(心の報酬)」

馬主業には、お金には換算できない強力な「無形の価値」が存在します。

  • 勝利の感動: 自身の所有馬がG1レースを制覇する瞬間に立ち会う感動。これは、藤田氏や元メジャーリーガーの佐々木主浩氏も、その魅力として語っています([183], [185], [186])。
  • 馬との絆: 北島三郎氏がキタサンブラックを「神様からの贈り物」と表現したように、馬という動物と育む深い関係性です([188])。
  • 社会的地位: 馬主であることは、特定のコミュニティへの参加証となり、独自のネットワークと社会的地位をもたらします([191])。

これらは美術品やクラシックカーにも通じる「パッションアセット(情熱の資産)」と呼ばれ、金銭的な損失を補って余りある満足感、すなわち「サイキックインカム(心の報酬)」をオーナーに与えるのです。

結論:壮大な「事業」への挑戦

馬主ビジネスとは、単なる「投資」や「趣味」という言葉では割り切れない、極めて資本集約的で複雑な「事業」です。

統計上、約87%が競走収益では赤字になるという厳しい現実([163])と、成功すれば数十億、数百億のリターンを生む可能性([138])が同居しています。

このビジネスで成功を収めるには、潤沢な自己資本、市場を見極める知識、そして何よりも「なぜ自分は馬主になるのか」という確固たる情熱と長期的な視点が不可欠です。私たちが目にするドラマチックな勝利は、その壮大な事業挑戦の、ほんの一瞬の輝きなのです。

      論考「馬主ビジネスの財務分析」引用概要       
        

はじめに:馬主ビジネスの「二元性」

   

主張概要: 馬主ビジネスは、単にレースの賞金で稼ぐモデルではありません。藤田晋氏の事例([180], [181])にも見られるように、競走馬としての活動(競走資産)は、その馬の価値を高める「マーケティング」段階です。競走賞金だけで黒字化できる馬は統計的に約13%([137], [163])と極めて稀であり、真の巨額な利益は、その馬が引退後に「繁殖資産」(種牡馬や繁殖牝馬)として成功した場合にのみもたらされます。本レポートは、この「二元的資産戦略」を解説するものです。

        

関連リンク:

       
   

第1章:競走馬投資の「コスト構造」

   

主張概要: 馬主になるには莫大なコストがかかります。まず、馬の購入費(初期投資)として、主要市場である「セレクトセール」では平均価格が6,000万円を超え、トップクラスでは数億円に達します([140], [141], [142], [143], [145])。さらに、購入後もJRAの施設に預ける「預託料」だけで年間840万円([147])、その他に保険料([153], [154])や医療費などがかかり、1頭を4年間所有した場合の総コストは1億円を超えることも珍しくありません。

        

関連リンク:

       
   

第2章:賞金の「パラドックス」と真の収益源「繁殖」

        

論点1:賞金のパラドックス

   

主張概要: 日本のレース賞金は世界最高水準(例:有馬記念1着5億円 [155])ですが、馬主の収益にはなりにくい「パラドックス」があります。第1に、賞金の20%は調教師や騎手への「進上金」として配分され、馬主の手取りは80%です([134], [135], [159], [162])。第2に、前述の通り黒字化確率自体が約13%([137], [163])と極めて低く、賞金体系は馬主の黒字化より「競馬興行」全体の維持のために設計されています([156], [157], [158])。

   

論点2:真の収益源「繁殖ビジネス」

   

主張概要: 競走における赤字を正当化し、桁違いの利益を生むのが「繁殖」です。ディープインパクト(種付け料最高4,000万円 [138], [168], [169])やイクイノックス(同2,000万円 [139])のような成功した種牡馬は、年間数十億円の売上を生み出します。北島三郎氏のキタサンブラックは、350万円の購入価格に対し、競走賞金18.7億円と引退後のシンジケート価値13.5億円([170], [171])を生み出しました。アーモンドアイ([175], [176])やジェンティルドンナ([178], [179])のような名牝も、繁殖牝馬として長期的な資産となります。

   

関連リンク:

       
   

第3章:数字以外の価値「サイキックインカム」

        

「情熱の資産」としての馬主業

   

主張概要: 財務的に見ると、馬主業は「ベンチャーキャピタル投資」に似たハイリスク・ハイリターンモデルです。統計上87%が赤字([163])にもかかわらず多くのオーナーが投資を続けるのは、金銭では測れない「無形の価値」があるからです。これらは「サイキックインカム(心の報酬)」と呼ばれます。藤田晋氏([183])や佐々木主浩氏([185], [186])が語る「勝利の感動」、北島三郎氏がキタサンブラックを「神様からの贈り物」と呼んだ「馬との絆」([188])、そして馬主であることの「社会的地位」([191])などです。これら「情熱の資産」([192])としての価値が、金銭的損失を補って余りあると考える人々によって、この市場は支えられています。

   

関連リンク:

       

nakayama hirotomo

夢破れたコンサル兼エンジニア。スタートアップ向けの記事からテック、エンタメ、不動産、建設、幅広く対応。

この著者の他の記事を見る

AI解説

この記事のポイントを要約

  • 馬主業は高額で、馬1頭の購入と4年間の維持費で総コストが1億円を超えることもあります。
  • レース賞金の手取りは8割で、競走だけで黒字になる確率は約13%と非常に低いです。
  • 真の黒字化は「繁殖」にあり、競走は種牡馬や繁殖牝馬としての価値を高める手段です。
  • 金銭的リターンは困難ですが、「勝利の感動」や「馬との絆」といった心の報酬が事業を支えています。

この記事をシェア