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分水嶺の先へ:日本のゲーム産業における「筋肉質化」と「狂気」のグローバル戦略

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日本のゲーム産業は今、静かだが決定的な「分水嶺」に立っています。かつて国内市場という安全地帯で繁栄を謳歌した時代は終わり、グローバルという荒波における生存競争、すなわち「組織の筋肉質化」を巡る戦いが始まっています。

しかし、ここで一つの重大な問いが浮かび上がります。「グローバル化」とは、世界市場の平均値に合わせた「行儀の良い製品」を作ることなのでしょうか?

昨今のエンターテインメント産業で散見される、巨額を投じた「世界向け大作」の沈黙と、作家の執念を煮詰めた「尖った作品」の熱狂的勝利という対照的な事例は、その答えが「NO」であることを残酷なまでに示しています。本稿では、このトレンドを教訓として、コーエーテクモゲームスの最新の組織改編に見る「勝ち筋」と、カプコン、バンダイナムコらが描く未来図を論じます。

序論:AAクラスの死と「優等生」の罠

現在のゲーム市場を支配しているのは、冷徹な経済の法則です。PS5世代における開発費の高騰は、「中規模(AA)タイトル」の商業的な死を招きました。「世界で勝てる最高品質のものを作るか、撤退するか」。この二者択一において、多くの日本企業が陥りやすい罠があります。それは、「世界で売るために、誰にでも分かる無難なものを作る」という「マーケット・イン(市場迎合)」の誤謬です。

アニメ業界における『果てしなきスカーレット』の事例が示すように、マーケティング主導で「世界基準」を意識しすぎ、クリエイターの作家性やローカルな文脈(=狂気)を希釈した作品は、結果として「ディズニーの劣化版」のような「優等生」となり、誰の心にも刺さらずに市場から退場します。

対照的に、『チェンソーマン』や『ELDEN RING』のように世界を席巻した日本発のコンテンツは、日本のクリエイター特有の「過剰なまでのこだわり」や「狂気的な解像度」を、一切手加減せずに叩きつけたものばかりです。現在のグローバル・エンターテインメントの潮流は、平均化された優等生ではなく、圧倒的な熱量を持った「異物(オーセンティシティ)」を求めているのです。

コーエーテクモの覚悟:「グローバル」の名を冠する真の意味

この文脈において、コーエーテクモゲームスが断行した組織改編は極めて示唆に富んでいます。

「IP事業部」を「グローバルIP事業部」へ、「マーケティング本部」を「グローバルマーケティング本部」へと変更し、バックオフィスを分離して「業務本部」を新設した動きは、単に海外へ販路を広げるためだけのものではありません。これは、「世界市場に媚びる」ためではなく、「日本の狂気(=独自のIP)」を純度高く世界へ届けるための「兵站(ロジスティクス)」を強化する動きと見るべきです。

開発者がクリエイティブな「狂気」に没頭できるよう、契約や法務、マーケティングといった「理性」の部分を専門部隊が鉄壁の守りで支える。世界的なヒット作を生むスタジオがそうであるように、コーエーテクモもまた、組織構造によってクリエイティブの強度を担保しようとしています。

異種交配による進化:Team NINJA × ガストが生む「計算されたカオス」

業界に衝撃を与えた「Team NINJA」のリソースの一部を「ガストブランド」へ移管・融合させた再編は、まさに「世界を穿つ異物」を生み出すための触媒となる可能性を秘めています。

『Nioh(仁王)』や『Rise of the Ronin』で世界的な評価を得たTeam NINJAは、高難易度アクションという「硬派な狂気」を持ちます。一方、ガストブランドは『アトリエ』シリーズに見られる、フェティシズムに近い「キャラクター表現の狂気」を持ちます。これまでは別々のサイロ(縦割り)に隔離されていた、この質の異なる二つの「狂気」を衝突(クロス・ポリネーション)させること。

これこそが、近年世界でヒットしている日本アニメが、一見相容れない「オタク的な文脈」と「世界水準の映像技術」を、制作現場の執念で統合し、世界的な熱狂を生み出したプロセスに近いと言えます。

「かわいいキャラクター(ガスト)」が「骨太なアクション(Team NINJA)」で動く。この融合が、単なる「よくできたRPG」で終わるのか、それとも世界中のゲーマーの脳髄を刺激する「未体験のカオス」になるのか。コーエーテクモの組織改編は、後者を生み出すための意図的な「毒の調合」に見えます。

競合他社の動向:「プロダクト・アウト」による市場創造

この「自社の強みを極限まで尖らせて世界をねじ伏せる(プロダクト・アウト)」という戦略は、成功している競合他社にも共通しています。

1. カプコン:技術による「狂気」の標準化 カプコンの強さは、内製エンジン「RE ENGINE」によって、クリエイターのこだわりを一切妥協せずに実装できる環境にあります。『バイオハザード』のグロテスクなまでの質感や、『モンスターハンター』の生態系シミュレーションは、マーケティングから逆算されたものではなく、「ここまでやるか」という技術的な狂気が世界基準(Global Standard)を書き換えた結果です。

2. バンダイナムコ:「選択と集中」によるリスクテイク バンダイナムコエンターテインメントが進める「IP軸戦略」の先鋭化と、中途半端なタイトルの開発中止は、アニメ制作における「勝てる作品への全振り」と重なります。「なんとなく世界向け」の中規模作品を捨て、勝算のある大型IPにリソースを集中させる。これは、失敗すれば痛手となるが、成功すれば市場を独占できるという、覚悟を決めた「賭け」の態勢に入ったことを意味します。

結論:グローバル・プレデターへの進化条件

日本のゲーム産業における「分水嶺」とは、単に海外比率を高めることではありません。「世界に合わせようとして個性を失う(優等生の敗北)」か、「自らの狂気を研ぎ澄ませて世界を熱狂させる(異物の勝利)」かの分岐点です。

コーエーテクモゲームスは、シブサワ・コウの歴史観、ω-Forceの爽快感、Team NINJAのアクション、ガストのキャラクター愛という、世界でも稀有な「濃いDNA」を持っています。今回の組織改編が、これらを薄めて「飲みやすいジュース」にするためのものであれば、失敗に終わるでしょう。

しかし、この改編が「縦割り」という枷を外し、異なるDNAを衝突させて「誰も見たことのない怪物(IP)」を生み出すためのものであれば、同社は単なる日本の老舗メーカーから、世界のゲーム市場を席巻する「グローバル・プレデター(捕食者)」へと進化を遂げるでしょう。

「グローバル」という看板を掲げながらも、その中身には「日本独自の狂気」が満ちている。それこそが、AIにも模倣できず、国境も超える唯一の競争優位性となります。Team NINJAの遺伝子を受け継いだガストブランドの新作や、新体制下で生み出される次なるIPが、優等生ではなく「美しき狂人」であることを、世界中のプレイヤーが期待しています。

nakayama hirotomo

夢破れたコンサル兼エンジニア。スタートアップ向けの記事からテック、エンタメ、不動産、建設、幅広く対応。

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AI解説

この記事のポイントを要約

  • 「AAの死」と分水嶺:開発費高騰により中規模タイトルが淘汰される中、日本企業は「世界で勝てる筋肉質な組織」への転換を迫られている。
  • コーエーテクモの兵站強化:「グローバル」を冠した組織改編とバックオフィスの分離は、クリエイティブ(狂気)を世界へ届けるためのロジスティクス確立である。
  • 異種交配による「狂気」の創出:Team NINJA(アクション)とガスト(キャラクター)の融合は、市場に迎合した「優等生」ではなく、世界を熱狂させる「異物」を生むための戦略的調合だ。
  • グローバル・プレデターへの進化:カプコンやバンダイナムコ同様、自社の尖ったDNAを薄めずに世界基準へ昇華させた企業だけが、市場の捕食者となれる。

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