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「日本経済オワコン説」という甘えと逃避:インバウンド4,000万人・8兆円市場で“負け続ける”経営者の共通項

序論:空前の繁栄と現場の怨嗟――その「巨大な乖離」の正体

「日本はもうオワコンですね。政治がダメだから、客が来なくなってしまった」

「高市総理の外交姿勢や、日本各地で続く地震への不安が、海外からの客足を止めたのです」

nakayama hirotomo

夢破れたコンサル兼エンジニア。スタートアップ向けの記事からテック、エンタメ、不動産、建設、幅広く対応。

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最近、古くからの観光地や商店街の会合に顔を出すと、こうした怨嗟の声を耳にすることが増えました。特に、かつて中国人観光客の「爆買い」バブルに浴し、その恩恵を強く受けたエリアほど、悲壮感が漂っているように感じます。彼らの主張を一言で要約すれば、「自分たちの商売がうまくいかないのは、すべて『日本』という国家や環境のせいである」というものです。

しかし、経営コンサルタントとして、はっきりと申し上げさせていただきます。これはあまりにナイーブで、かつ危険な思考停止であると言わざるを得ません。

客観的なマクロデータをご覧になってください。2025年の訪日外客数は、JTB等の推計によれば約4,000万人規模に達し、過去最高を記録した2019年や2024年の実績をさらに上回る見込みとなっています。旅行消費額においても、2024年時点で既に8兆円の大台を突破し、日本経済において自動車産業に次ぐ巨大な輸出セクターとしての地位を確立しました。歴史的な円安という追い風を受け、日本という市場(マーケット)は、世界的に見ても稀有な「観光立国」として完全に復活しているのです。

市場全体が爆発的に伸び、川には水が溢れています。それなのに「自分のところだけ水が汲めない」のであれば、その原因は「川(マクロ環境)」にあるのではなく、「水を汲む器(ミクロ戦略)」に穴が空いているか、あるいは「川辺に立つ努力」を放棄しているからだと考えるのが、ビジネスの基本ではないでしょうか。

本稿では、一部の経営者が陥っている「他責思考」の病理と、インバウンドバブルの裏で密かに進行している「経済漏出(Economic Leakage)」という構造的欠陥について、徹底的な実証分析を通じて解き明かしていきたいと思います。

第1章:「他責性」という麻薬――経営判断のミスを「国」に転嫁する心理

1. カントリーリスクを無視した「一本足打法」の末路

「政治のせいで客が減った」という主張は、MBAの教科書に出てくるPEST分析(政治・経済・社会・技術)における「Political(政治的要因)」の変化を嘆いているに過ぎません。

確かに、2024年から2025年にかけての日中関係の緊張や、台湾情勢を巡る外交的な駆け引きは、観光業界に一定のリスクをもたらし、最大で12億ドル規模の損失リスクがあるとも報じられました。しかし、経営者として問いかけさせていただきたいのです。中国市場への過度な依存がリスクであることは、2012年の尖閣諸島国有化に伴う反日デモや、2015年のMERS、2017年の韓国THAAD配備に伴う報復措置など、過去十数年にわたり何度も繰り返されてきた歴史的事実ではなかったでしょうか。

「中国は太い客だ。だから中国客に特化しよう」。この判断を下したのは、政治家ではなく、経営者である皆様自身です。特定の国、それも政治体制が異なり外交リスクが高い国の、特定の層(団体客)だけに依存したビジネスモデル(一本足打法)を構築しておきながら、いざカントリーリスクが顕在化した途端に「国が悪い」「外交が下手だ」と騒ぐ。これは「想定外」ではなく、単なる「リスクヘッジの欠如」であり、経営判断のミス以外の何物でもありません。

2. 「中国減・欧米増」がもたらす新たな可能性

ここで、最新の市場動向に目を向けてみましょう。中国人が減ったことによる「中国の減速」と対照的に、「欧米客の増加」はハッキリと観測されています。

もちろん、日本政府観光局(JNTO)のデータを参照すれば、「欧米客が増えたからといって、中国客の減少による経済的穴埋めが量的に『完了』した」と言えるかどうかについては、まだ慎重な見方が一般的であることは事実です。

しかし、ここにはもう一つの重要な視点があります。「特定の国(中国)の団体客が減ったことによって、逆に他国の観光客が増え、結果として消費の質が向上する可能性」です。

かつて、大型バスで乗り付け、大声で騒ぎながら買い物を済ませて去っていく団体客の存在は、静謐な日本情緒や「オーセンティシティ(本物感)」を求める欧米や富裕層の個人旅行者(FIT)からは敬遠される要因でもありました。

皮肉なことに、団体客が減ったことで観光地の混雑や騒音が緩和され、それが呼び水となって「高単価な体験」を求める層が流入し始めているのです。彼らは滞在期間が長く、文化体験や宿泊に多くのお金を落とします。

つまり、「客数は減っても、利益率は上がる」という転換期にあるのかもしれません。変化した市場に対応せず、来なくなった団体客を口を開けて待ち続ける姿勢は、この新しいチャンスをみすみす逃す経営者としての怠慢と言えるでしょう。

3. 「円安」と「人手不足」への責任転嫁

また、「円安で仕入れがきつい」「人が採れないから店を開けられない」という言い訳もよく耳にします。

円安はインバウンド需要を喚起する最大のドライバーですが、同時にコストプッシュインフレも招きます。ここで必要な経営判断は、高まった需要とコストに合わせて価格を適正に引き上げ(プライシング)、利益率を確保することです。しかし、「値上げしたら客が減る」という過去のデフレマインドに囚われ、価格を据え置いたまま薄利多売で疲弊している事業者が後を絶ちません。

人手不足も同様です。宿泊・飲食業の労働生産性は全産業平均と比較して著しく低いのが現状です。低賃金・長時間労働・不安定雇用という「魅力のない労働環境」を長年放置し、付加価値向上による原資確保と賃上げを行わなかった結果、労働市場から見放されたに過ぎません。人が来ないのは「少子化」や「若者の意識」という社会のせいではなく、あなたの会社が「働くに値しない場所」だと判断されているからです。人手不足は原因ではなく、低付加価値モデルの「結果」のです。

第2章:構造的欠陥「経済漏出(Leakage)」の正体――なぜ地域は潤わないのか

「日本経済オワコン説」を唱える人々が見落としている、より深刻かつ構造的な問題があります。それは、見かけ上のインバウンド客数や消費額が増えても、その利益が地域に残らず、巧妙な仕組みで海外へ還流してしまう「経済漏出(Economic Leakage)」の実態です。

1. 進化した「ゼロドルツーリズム 2.0」

かつて社会問題化した「ゼロドルツーリズム(格安ツアー)」は、コロナ禍を経て消滅したわけではありません。より洗練され、地下に潜る形で進化しています。

中国系旅行会社が原価割れの激安価格でツアー客を集めます。日本国内の手配を行うランドオペレーター(多くは同郷のネットワークや外資系)が、その観光客をバスに押し込み、完全に「囲い込む」のです。

観光客は、契約済みの免税店や特定の飲食店にのみ案内されます。そこでは市価の数倍で商品が販売され、その売上の大部分(時には50%以上)がランドオペレーターや旅行会社に「キックバック」として還流されます。観光客は自由行動を制限されるため、地域の商店街や一般の飲食店で金を落とす機会は奪われてしまいます。地域に残るのは、観光バスの排ガスと騒音、そして処理すべき大量のゴミだけです。これを指して「インバウンドは儲からない、疲れるだけだ」と言うのであれば、それは付き合う相手(ターゲット)と、商流の握り方を根本的に間違えていると言えます。

2. デジタル・プラットフォームによる「植民地化」

デジタル化の進展も、皮肉な結果を招いています。AlipayやWeChat PayなどのQRコード決済は、中国人観光客にとって利便性が高いものですが、その決済手数料やデータは中国のアリババグループ等の経済圏で完結する「クローズドループ」の傾向が強いのです。

さらに悪質なのが「白タク(無許可タクシー)」の横行です。空港で客を拾い、配車から決済までを海外製のアプリ上で完結させます。ドライバーも在日外国人や短期滞在者が務めるケースが多く、日本の税務当局は売上を捕捉することが極めて困難です。日本の正規タクシー事業者は顧客を奪われ、道路インフラの維持コストのみを負担させられることになります。

商品供給ルートにおいても、中国企業が日本の卸を通さずに中国産のモノを流し、「日本土産」として販売するケースがあります。つまり、日本で作られたように見えるものが実は中国産で、中国人が中国のアプリで決済し、その利益は中国企業へ還流する。日本側が得るのは、わずかな場所代だけという構図です。

懸念されているように、「特定の国に依存したインバウンド」は、こうした還流型の側面があり、数字ほど地域経済に寄与しないという指摘は、まさに正鵠を射ています。だからこそ、そこから脱却しなければならないのです。

第3章:生存戦略の分岐点――PMF(プロダクト・マーケット・フィット)の再定義

では、一体どうすればよいのでしょうか。答えはシンプルです。市場(Market)の変化に合わせて、プロダクト(Product)とターゲットを再定義(PMF:Product Market Fit)することです。

1. 「数」から「質」への転換とKPIの変更

2025年のデータによれば、国籍別の一人当たり旅行支出には残酷なまでの格差があります。英国人は約44.4万円、イタリア人は約39.8万円を使うのに対し、アジア圏の短期滞在客はその半分以下であるケースも多いのです。

欧米豪の富裕層は、「モノ(爆買い)」よりも「体験(コト)」にお金を払います。彼らが求めているのは、どこにでもある免税店やドラッグストアではなく、その土地固有の文化、歴史、そして「真正性(オーセンティシティ)」です。

KPI(重要業績評価指標)を「何人来たか(Headcount)」から「いくら落ちたか(Yield)」、さらに言えば「いくら地域に残ったか(Retained Income)」に変えなければなりません。1人の富裕層が100万円を落とすのと、10人の格安ツアー客が10万円ずつ(そのうち5割は還流)落とすのとでは、地域の疲弊度が全く違います。

2. 事例比較:横浜・野毛 vs 停滞する依存型エリア

成功事例として、横浜の野毛地区(野毛飲食業協同組合等)が挙げられます。

野毛の勝因は、「インバウンドに媚びなかった」ことにあると言えます。彼らは外国人向けに街を作り変えたり、安易な看板を掲げたりしませんでした。昭和レトロなスナックや、3坪程度の極小店舗が密集する「日本の日常」をそのまま維持しました。この「オーセンティシティ(本物感)」こそが、結果として、作られた観光地を嫌う欧米客の心を掴んだのです。

また、組合はデータを分析し、インバウンド、国内観光客、地元客のバランスを最適化しています。特定の国に依存せず、多様な客層が店をハシゴする(Ladder Drinking)文化が根付いています。ここでは、お客様が払ったお金は地元の店主、家主、酒屋へと循環します。大手資本による還流や中抜きが発生しにくい、強固な地域エコシステムが構築されているのです。

一方、大阪の一部エリアで見られるような、特定の需要に特化した「一本足打法」の地域はどうでしょうか。大阪市が関与した「ミラクルワールド」の閉鎖事例などは、戦略なき箱物行政や、ターゲット設定の甘さが露呈した典型と言えるでしょう。

また、安易な「二重価格(外国人価格)」の導入も散見されますが、単に「円安だから高く取る」という発想は、顧客満足度を下げ、リピーターを失うことになります。姫路城のように「地域住民への還元」というロジックや、明確な付加価値(ファストパス等)がなければ、それは単なる「ぼったくり」であり、ブランドを毀損するだけです。

結論:主語を「日本」にする前に、己の経営を見直せ。他責をやめろ。

以上の分析から導き出される結論は明白です。

ここまで見てきた通り、現状は「日本経済のオワコン化」ではありません。「外部環境の変化に対応できない、過去の利益構造に囚われた事業者の淘汰」が、ダーウィニズム的に進んでいるだけなのです。

4,000万人の客が押し寄せ、8兆円のお金が動いている市場で「儲からない」と嘆くのは、巨大な金脈の上で「スコップがない」と泣いているようなものです。あるいは、水を汲むための器(ビジネスモデル)が穴だらけ(経済漏出)であるか、川辺に立つ努力を放棄して、空から雨が降る(政治が変わる)のを口を開けて待っているに過ぎません。

「日本が悪い」「中国が来ない」「政治がダメだ」と主語を大きくして他責にする前に、今一度、自社のPMFを見直すべきではないでしょうか。

ターゲットは適切でしょうか? 決済や商流で中抜きされていないでしょうか? 提供している価値は「安さ」ではなく「体験」になっているでしょうか? そして、変化する市場に対して、自らを変える勇気をお持ちでしょうか?

これからの地域経済に必要なのは、政治への陳情でも、過去の栄光への追憶でもありません。世界市場の変化を冷徹に分析し、自らの価値を適正価格で売り切る「戦略的自律」です。

変化に対応しなかった側の怠慢を、日本社会のせいにするのは、もう終わりにしようではありませんか。

AI解説

この記事のポイントを要約

  • 訪日客4,000万人・消費額8兆円の好況下で「日本オワコン」と嘆く経営者の本質は、政治や環境に責任転嫁する「他責思考」にある 。
  • 利益が出ない真因は、格安ツアーや外国資本の決済・配車アプリによる「経済漏出」であり、地域に金が落ちない構造的欠陥を放置している点だ 。
  • 中国市場の減速は、むしろ高単価な欧米豪客や「本物」を求める層へシフトする好機であり、横浜・野毛のような「媚びない戦略」が勝機となる 。
  • 「国が悪い」と嘆く前に、自社のPMF(市場適合性)を見直し、変化した市場で適正利益を確保する「戦略的自律」へと舵を切るべきである

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