例えば、精子や卵子の凍結保存、あるいはへその緒(臍帯血)バンクを考えてみてください。顧客は初期費用として数十万円を支払い、その後20年以上にわたって保管料を払い続けます。ここでのポイントは、預けたものが代替不可能(Non-fungible)であるという点です。もし保管場所を変えようとして輸送中に事故が起きれば、その資産は二度と戻りません。この不可逆性があるため、顧客は保管料をコストではなく、将来への保険料として支払います。
結果として、解約率は極限まで低くなります。同様の構造は、高級ワインや美術品の保管ビジネス(フリーポート)にも見られます。一度預け入れられた資産は、温度管理やセキュリティの問題から、物理的に動かすこと自体がリスクとなります。
良いモデルは、顧客を契約期間で縛るのではなく、物理的な移動リスクによって縛ります。スイッチングコストを手続きの手間レベルではなく、資産喪失の恐怖レベルまで引き上げているのです。
第2章:在庫を持つ者が勝つ条件
高級肉D2Cに見る垂直統合の勝利と敗北
在庫を持たない(アセットライト)経営がもてはやされた時代がありましたが、品質やスピードが命のビジネスにおいては、その常識は通用しなくなっています。しかし、在庫を持つことには巨大なリスクが伴います。このリスクをどう制御するかで、勝敗が分かれます。
ここで比較すべきなのが、米国の高級肉通販スタートアップ、Crowd Cow(クラウド・カウ)とButcherBox(ブッチャーボックス)の事例です。
失敗の構造:Crowd Cowの不均衡
Crowd Cowは当初、牛一頭の部位がすべて予約されるまで処理しないという、在庫リスクゼロのモデルで始まりました。理想的に聞こえますが、現実の消費者はステーキ(ヒレやロース)ばかりを欲しがり、ミンチや内臓などの不人気部位は売れません。結果、人気部位だけが先に売れ、倉庫には不人気部位の山が築かれました。顧客に完全な選択権を与えたことが、在庫のバランスを崩壊させたのです。
成功の構造:ButcherBoxのキュレーション
一方、競合のButcherBoxは、サブスクリプション(定期購入)かつ中身はお任せ(キュレーション)というモデルを採用しました。これにより、企業側は在庫が余っている部位を各家庭のボックスに分散して届けることができます。
在庫リスクを自社で負う代わりに、何を送るかの決定権を握ることで、在庫回転率をコントロールしたのです。結果、ButcherBoxの顧客定着率はCrowd Cowの約4倍に達しました。
在庫リスクを負う垂直統合モデルが成功するのは、サブスクリプションで需要を平準化し、中身をコントロールできる場合のみです。顧客のワガママに付き合う在庫ビジネスは破綻します。
第3章:労働からの解放と限界費用ゼロ
時間を売るな、資産を売れ
働いた時間=収入という図式から抜け出せない限り、ビジネスのスケーラビリティ(拡張性)は望めません。レポートにおける資産型とスケーラビリティ型は、この壁を突破する方法を示しています。
カメラマンからIPホルダーへの転身
従来の写真家は、撮影という役務(労働)を提供していました。しかし、現代の勝者は写真をデジタル資産としてストックフォトサイトで販売したり、撮影ノウハウを動画教材として販売したりします。
教育プラットフォームのSkillshare(スキルシェア)や、コンテンツ販売のGumroad(ガムロード)がこれを可能にしました。一度教材を作れば(初期投資)、あとは世界中の人が寝ている間に購入してくれます。追加の生徒が一人増えても、コストはほぼゼロ(限界費用ゼロ)です。
成長に合わせて青天井に稼ぐ従量課金
さらに進化したのが、データクラウドのSnowflake(スノーフレイク)のモデルです。彼らは定額制(サブスク)すら超え、顧客がデータを使えば使うほど料金が上がる従量課金を採用しました。
顧客企業が成長すれば、営業担当者が交渉しなくても、自動的にSnowflakeの売上も増えていきます。これは、SaaSにおける理想的な収益の自動増殖装置です。
良いビジネスモデルは、労働集約型から脱却しています。制作コストを一回限りに抑え、複製コストをゼロにすることで、利益率は無限に向上します。
第4章:シェアして良いもの、悪いもの
香水は成功し、高級時計が破綻した理由
所有から利用へという流れの中で、様々なシェアリングやレンタルサービスが登場しました。しかし、ここにも明確な向き・不向きがあります。比較するのは、香水のサブスクScentbird(セントバード)と、高級時計レンタルのEleven James(イレブン・ジェームズ)です。
なぜ時計レンタルは潰れたのか?
Eleven Jamesは、高級時計を月額制でレンタルできる夢のようなサービスでしたが、2018年に破綻しました。理由はシンプルで、時計は貸すたびに傷つくからです。
高級時計は精密機械であり、資産価値を維持するためには高額なメンテナンス(研磨やオーバーホール)が必要です。さらに、ユーザーが商品を雑に扱うリスク(モラルハザード)も避けられません。在庫維持コストと修繕費が、レンタル収益を上回ってしまったのです。
なぜ香水サブスクは伸びるのか?
対照的に、Scentbirdは高級香水を8mlの小さなボトルに詰め替えて(小分けして)毎月届けます。香水は消耗品であり、使い切ることが前提です。返却の必要がないためメンテナンスコストはゼロ。さらに、原価の安い液体をブランド価値で高く売るため、小分けにするほど利益率が上がります。
また、絵画の共同保有サービスMasterworksも成功例ですが、これは絵画を倉庫から動かさず権利(証券)だけを分割販売しているため、資産の劣化がないからです。
分割モデル(シェア・サブスク)が機能するのは、商材が消耗品であるか、管理コストのかからない純粋な権利である場合です。劣化するハードウェアのレンタルは、修繕費で自滅するリスクが高い悪いモデルです。
第5章:地味だが最強のインフラ・メンテナンス
エレベーターと駐車場に眠る巨万の富
最後に紹介するのは、最も地味ですが、最も確実なインフラ・継続課金型モデルです。
止まらない収益エンジン
エレベーター業界を見てみましょう。新規の設置事業よりも、その後のメンテナンス契約の方が圧倒的に利益率が高いことをご存知でしょうか。
ビルオーナーにとって、エレベーターの停止は許されません。また、法的な点検義務もあります。そのため、景気が悪くなってもメンテナンス契約は解約されません。一度設置してしまえば、数十年間にわたって安定した現金を生み出し続けるドル箱となるのです。
究極の独占:シカゴ市のパーキングメーター
さらに強烈なのが、インフラの運営権を民間が買い取るコンセッションです。シカゴ市は路上パーキングメーターの運営権を75年間、民間企業に貸し出しました。
この契約にはTrue-Up(補償)条項という恐ろしい取り決めがあります。もし市が道路工事やパレードのために一時的にメーターを使用停止にした場合、市はその間の見込み収益を企業に補償しなければなりません。
つまり、企業側は雨が降ろうが工事があろうが、未来の収益が契約で保証されているのです。これこそが、物理的・法的な独占がもたらす究極のビジネスモデルです。
結論:あなたのビジネスはどちらの構造か?
以上の分析から、勝てるビジネス(Good Model)と負けるビジネス(Bad Model)の構造的な違いを整理します。
顧客維持の観点では、勝てるモデルは物理的・不可逆的です。動かすと価値が壊れるため、顧客は逃げることができません。対して負けるモデルは単なる契約や心理的な縛りであり、安さや機能で他社に乗り換えが可能です。
収益構造の観点では、勝てるモデルは限界費用がゼロで従量課金を取り入れ、顧客の成長が自社の増収に直結します。負けるモデルは労働集約的で時間の切り売りであり、働いた時間以上に稼ぐことができません。
在庫管理の観点では、勝てるモデルは出口を支配しています。サブスクリプションで余剰在庫を消化させる仕組みがあります。負けるモデルは選択権を放棄しており、売れ残りが積み上がって資金を圧迫します。
資産運用の観点では、勝てるモデルは消耗品や権利の分割を行い、メンテナンス不要で高利益率を確保します。負けるモデルは減耗資産のレンタルを行い、貸すたびに劣化しコストがかさんでいきます。
ビジネスの設計図を書き換える
本レポートが示唆するのは、優れた製品を作る努力をする前に、優れた構造の中に身を置けということです。
もしあなたが在庫リスクを抱えているなら、ButcherBoxのように何を送るかの権利を取り戻す仕組みが必要です。もしあなたが時間を切り売りしているなら、Skillshareのようにノウハウの資産化を急ぐべきです。そして、もし可能なら、エレベーターやインフラのように、顧客が法的に・物理的にあなたを使い続けざるを得ない状況を作り出すことです。
ビジネスの勝者は、より良い製品を作った者ではなく、より長く、より自動的に収益を生み出す構造を設計した者なのです。