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【実録】「お布施」の75%が手数料…元仏教学生が考える、葬儀ビジネスの歪みと「死の値段」の正体

 「地獄の沙汰も金次第」という古い言葉がありますが、現代の日本では「極楽への導きも業者次第」というのが実情のようです。 朝日新聞が報じた衝撃的なニュースが、葬儀業界と仏教界に波紋を広げています。首都圏の大手葬儀社が僧侶に提示していた「お布施額表」。そこに記されていたのは、遺族が支払うお布施総額の「75%」を葬儀社が手数料として徴収するという、客観的に見て極めて異常な数字でした。

朝日新聞様:お布施の75%が葬儀社の手数料に 「ぼったくりで割高」憤る僧侶

ヤフー掲載記事:お布施の75%が葬儀社の手数料に 価格表を入手 僧侶も警鐘

 かつて、駒澤大学で日本史と仏教を専攻していた筆者の視点から、この問題を単なる「悪徳業者の暴走」としてではなく、宗教と経済が衝突する構造的な欠陥として紐解いていきます。

直葬10万円、僧侶の手取りは2万5千円の衝撃

 まず、今回明らかになったデータを整理します。  資料によると、火葬のみを行う「直葬」の場合、遺族が支払う総額10万円に対し、僧侶に渡るお布施は2万5千円。残りの7万5千円(75%)は、葬儀社の「手配手数料」です。家族葬や戒名料においても同様に75%の手数料率が設定されていました。

 ビジネスの常識に照らし合わせてみましょう。一般的な人材紹介業の手数料が年収の30〜35%、プラットフォームビジネスの代表格であるUber Eatsでも35〜40%程度です。これらと比較しても、75%という数字は市場原理が歪んでいると言わざるを得ません。  しかし、この数字は、今の仏教界が置かれた「交渉力のなさ」を冷酷に映し出しています。

nakayama hirotomo

夢破れたコンサル兼エンジニア。スタートアップ向けの記事からテック、エンタメ、不動産、建設、幅広く対応。

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寺院側の「ビジネス化」と檀家制度の崩壊

 一方で、この問題を「葬儀社=悪、寺院=被害者」という単純な図式で語ることもまた、公平ではありません。筆者が大学時代に見聞きした現実には、生き残りのために「聖域なきビジネス化」へ舵を切る寺院の姿もありました。

 檀家離れが進む中、一部の寺院は檀家の年収や社会的地位をリサーチし、ターゲットを絞って高額な寄付や仏具を提案するマーケティング手法を取り入れていました。また、資産価値の高い境内地を利用して不動産ディベロッパーと結託し、マンション経営や投資商品としての永代供養墓販売に傾倒するケースも散見されました。  伝統的な「信頼関係」を維持できず、こうしたビジネス的なアプローチに走らざるを得なかった寺院側の姿勢もまた、現在の「仲介業者依存」を招いた一因と言えるでしょう。

プラットフォーマーによる「死の商流」独占

 なぜ75%もの手数料がまかり通るのか。その最大の要因は、葬儀社が「顧客接点(ラストワンマイル)」を完全に独占したことにあります。

 現代の都市生活者にとって、死が発生した際の最初の連絡先は「菩提寺」ではなく、スマホ検索で見つけた「葬儀社」です。ビジネスにおいて、最初の入り口を握る者が価格決定権を持ちます。  葬儀社は、寺を持たない遺族と、仕事が欲しい僧侶をつなぐ巨大なマッチング・プラットフォームと化しました。そこでは僧侶は「代替可能なコンテンツ」として扱われ、低賃金での労働(読経)を余儀なくされる「ギグワーカー化」が進行しています。

「死の値段」を誰が決めるのか

 本来、お布施とは「定価のない寄付」であり、感謝の対価でした。しかし、葬儀社が価格表を作り、手数料を上乗せした時点で、それは「サービス料金」へと変質しました。  消費者は「お布施」として払っているつもりが、実際にはその大半が広告費や仲介手数料に消えている。この「情報の非対称性」こそが、今回問われている「死の値段」の不透明さの正体です。  「死の値段」が、信仰や感謝ではなく、プラットフォームの維持費によって決定されている。この現実に、私たちはどう向き合うべきでしょうか。

実効性のある解決策:テクノロジーと「ライトな縁」の再構築

 では、私たちはどうすればこの構造から抜け出し、納得のいく送り方ができるのでしょうか。「生前に寺と仲良くしましょう」という精神論だけでは、現代社会では機能しません。より具体的で実効性のある3つのアプローチを提案します。

1.「寺院版D2C(Direct to Consumer)」の活用

葬儀社という「中抜き」を排除する仕組みを使うことです。  現在は、僧侶と利用者を直接つなぐ透明性の高いマッチングアプリやウェブサービスが登場しつつあります。そこでは僧侶のプロフィール、法話の動画、実際の利用者のレビューが可視化されており、手数料も適正です。  Amazonで生産者から野菜を直接買うように、消費者自身がテクノロジーを使って僧侶を直接指名する。これが最も即効性のある自衛策です。

2.「サードプレイス」としての寺院利用

いきなり「檀家」になるのはハードルが高いですが、寺院を「カフェ」や「コワーキングスペース」、「ヨガ教室」として開放している場所が増えています。  宗教的な契約ではなく、まずは「場所」の利用者として寺に出入りしてみる。住職の人柄を知る機会があれば、万が一の際も「あのご住職にお願いしたい」と直接依頼ができます。これは、葬儀社を介さない自然な「指名ルート」の確保になります。

3.「サブスク型」のライトな檀家制度(会員制度)

高額な寄付や義務を伴う従来の檀家制度ではなく、月額数百円〜千円程度で寺院をサポートする「会員制度(サポーターズクラブ)」を導入する寺が増えています。  見返りは「悩み相談」や「ニュースレター」程度ですが、これにより「会員価格」で葬儀や法要を直接依頼できる契約を結べます。  消費者にとっては安価な保険となり、寺にとっては安定収入となる。互いに負担の少ない、現代版の「縁」の結び方です。

結論

 75%の手数料問題は、私たちが「死」の手続きを思考停止して業者に丸投げしてきた結果の産物でもあります。  「死の値段」は、ブラックボックスの中で業者が勝手に決めるものではありません。それは本来、送る側と送られる側、そして弔う側(僧侶)との間の、透明な関係性の中で決まるべきものです。

 テクノロジーを活用して中抜きを回避する賢さと、少しだけ寺院という場所に足を踏み入れてみる行動力。その小さな一歩が、故人を送る最後の大切な時間を、商業的な搾取から取り戻す唯一の方法ではないでしょうか。

AI解説

この記事のポイントを要約

  • 葬儀社が僧侶の手配料として「お布施の75%」を徴収する実態が発覚、人材紹介やUber等の相場を遥かに超える搾取構造が「死の値段」を歪めている。
  • 顧客接点を独占した葬儀社がプラットフォーマーとして覇権を握り、檀家制度崩壊で困窮する僧侶が代替可能な「ギグワーカー」として買い叩かれる現状がある。
  • 一方で寺院側も、生き残りをかけて檀家の年収リサーチや不動産ビジネスへ傾倒するケースがあり、宗教性と信頼の喪失が仲介業者への依存を加速させている。
  • この構造からの脱却には、中抜きを排した「僧侶版D2C(直接依頼)」の活用や、サブスク・サードプレイス的な関わりによる寺院との「新しい縁」の構築が不可欠である。

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